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R-1 南三陸町歌津中野地区
[調査日]2011 年 12 月 21 日(水)
船大工の父親の仕事の様子を子供のころから遊びながら、時には手伝いながら見てきたので、作業の順序は頭の中に入っていた。早波(さっぱ)船の作り方は、20歳頃に泊のA氏のもとで住み込みの修業で学んだ。父親は船外機を取り付ける仕方を知らなかったが、A氏が船外機を取り付ける作業を行ったので、自分はそこでの修業で覚えた。修業といっても手取り足取り教えてくれるわけではなく、大工の仕事を手伝う中で次第に覚えていくというものであった。
宮城県地域文化遺産プロジェクト