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N-5 石巻市牡鹿町十八成浜
2012
N-5 石巻市牡鹿町十八成浜
(PDF)
[調査日]
2012 年 5 月 24 日(木)
[報告者]
兼城糸絵
[調査者]
高倉浩樹
[補助調査者]
兼城糸絵
[話者]
(1)N099会社員/保存会の指導者(1981年生れ - 男)
写真1 祭りでの笛(話者提供)
タグ
震災後
祭礼
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地区
震災前の行事の内容
正月:鏡餅を作る。それも家の分と船の神様(お舟玉)の分とそれぞれ作る。そして、それを盆の上に載せて神社へ行って礼をする。これは男性が行う。 獅子舞も正月に行われるもの。一昨年まではコミュニティセンターでやっていたが今年は浜に2人しか若者(男性)がいない。だから多分無理だろう。舞い手は男...
新山浜における信仰と実践
お舟玉:舟玉様と呼ぶところもあるがこの地区ではお舟玉と呼ぶ。お舟玉は舟を作った時に、ご祈祷してもらい、小銭などを御神体として舟にお舟玉を入れる。 祖父が作ったお盆に、お舟玉へのお供えをする。(漁のある時は)毎日。お供えとして、椀にはごはんを、とっくりには神酒を、アワビの殻にはおかずをそ...
社会組織
現在集落の人口は80人ぐらいだが、実際には住所だけ新山浜において他所(例えば鮎川など)で生活している人も多く、実際暮らしているのは50人弱ほど。特に、小学生や中学生が少なく、今では中学生も2人しかいない。昔は……老人会、婦人会、実業団(青年団?)があったが今はない。それらがあったころには...
生業
ほとんどは漁業者で、1軒だけ林業に携わっている。ただし漁の形態はさまざま。捕鯨、大型、刺し網など。自分はタコなどの刺し網漁。小型、といっても20トンクラスの舟を持っていた。 早いものでも漁期が始まるのは3月1日から。漁業従事者は大体2月は仕事がないので、この時期に行事が多いのだろう。
被災状況
・被災状況地盤が関係しているのか、新山地区での震災での家屋に対する被害はそれほど大きくはなかった。家もガラス戸が落ちただけで、他は特に落ちていたり割れたりということはなかく、倒壊も1軒だけ。半壊になった宿が1軒移転した。 ただし津波で舟が全部流されたのと港が地盤沈下で浸水してしまって、...
年中行事への影響
人形様は今年もやる予定。しかし、火の神様のお祭りは今年は行われなかった。台風で火を焚く場所が埋まってしまったから。獅子舞もいまのところやる予定はない。
正月
正月は7日まで。以前は正月が終わる7日頃に「どんと祭」を行っていた。ただし、その前には家々でお寺などに納めていた、他の場所でやっているのをみて、最近始められた(10年ぐらい前から?)。でも最近になって、ビニール袋に入ったごみなどを燃やす人が出来てきたので、やらなくなった。それに今年は燃や...
獅子舞
お正月には2日かけて獅子舞が各家をまるものだった。日程は年ごとに決めるので、2日と3日、あるいは4日と5日、5日と6日という年もあった。年によって日にちは違うが、大体5日と6日ではないか。以前、魚を初売りに間に合わせたいのではやく漁をしたいという声にこたえて、1月1日にした時もある。 ...
小正月
2月10日には小正月をやる。家の前に飾ってある門松にごはんをあげる。おかずやごはんなどを、実際に食べさせるようにしてあげる。これをみた孫たちは興味津々な様子だったという。
人形様
今年の人形様の実施については、16日に行われる総会で話し合って決める。やはり人がいなくなっているので今年は作ったりできる人が少ないのではないか。身内に不幸があった場合はお人形様を作ることができない。話者①もイトコがなくなっている。家のものではないから大丈夫と言えばだいじょうぶだが、嫌がる...
キーワード
被災後の中浜神楽の現状について
中浜神楽とは、中浜の浜の方のつまり坂元の南の地区で行われる神楽。この地域はすべての住宅が流出した。その結果、集会所に保管していた神楽の道具類も流出してしまった。現時点で、道具類は見つかっていない。 踊りの保存会のメンバーはばらばらになってしまった。残っている人はいない。地元から離れてい...
中浜神楽保存会について
保存会は30年前ぐらいに関わり始めた。その頃はいろいろな地区で神楽が復興し始めた時期だった。 おおよそ35~40年前に青年の集いや青年文化会で郷土芸能を舞うようになり、他の地区から代表が集まり青年大会が催されていた。その時期に神楽が復興されるようになり、各地区の芸能が復活し始めた。中浜...
神楽の演目
中浜神楽は12の演目があったが、このうちの11の演目を引き継いでやっていた。 (1) 剣舞:矛の剣のおどり(2人) (2) 八幡舞:弓をもっておどる(2人) (3) 幣束舞【ヘイソクマイ】:幣束をもって踊る(2人) (4) 鯛釣り舞(別名:恵比寿舞):つり竿をもって鯛を釣り上げる仕草をす...
祭典の時の神楽
神輿のある天神社は高台の山にあった。まずはカミサマを降ろして、神輿を降ろす。その時に奉納神楽をやった。このときには特に秘密ではなく誰でも見ることは可能だった。その後神輿を担いで中浜地区の集落を回った。生活センターや集会所の前にさしかかると、神輿を地面に下ろして神楽を舞う。中浜地区の住民、...
天神神社と中浜地区
中浜地区の中心の神社で氏子は200戸ぐらいあった。天神社の氏子になっている人、天神社のお札をもらえる人は、中浜地区住民、その本家・分家に当たる人ではないか。天神社にはある経緯があって宮司が常駐していない。 4月3日の祭典は神輿と神楽。11月3日にも神社の祭典があったが、行事はなかった。...
東日本大震災における中浜地区の被害状況
山元町の面積、全体の三分の一が津波で浸水し、話者宅も流出した。中浜地区は集落全体が流出してしまい、山元町の南側は壊滅状態、死者数の割合が高い。中浜小学校は流出せずに残っている数少ない建造物の一つである。2011年11月11日に災害用の建築基準法が改正され、津波浸水地域は、海に近い順に1種...
東日本大震災における文化財の被害状況と今後の課題
12月5日に文化財保護委員が開かれ、東日本大震災に伴う有形文化財の指定について審議された。笠野地区の八重垣神社は有形指定文化財であったが、津波により流出したため、有形指定文化財ではなくなった。八重垣神社は、山元町一帯では主要な神社であり、神社に参拝して、初日の出を見て年を越す人も多かった...
東日本大震災後の中浜神楽の状況
11月23日にふれあい産業祭が開かれ、中浜神楽が小学生によって披露された。神楽で使用した子ども達の衣装は、仮設住宅で暮らす母親達によって作成された。その他の道具の準備の過程について話者は把握していなかった。 震災以前の中浜神楽は区民会館で行われていた可能性もあり、会場が津之明神社であっ...
区長について
区長は3月の総会の前に亡くなった。副区長が2人いるが、1人は亡くなり、もう1人は残った。この残った人が現在の区長さんになった。 浜通りの場合、区長という名前はのこっているが、住民の役割は果たせていないと思う。丘通り(6号線向こう)は通常通り。 区長はいわゆる行政区長である。行政書類の...
学校での神楽教育
学校で笛と太鼓を教えるのは難しい。楽譜などがないからだ。震災前の状況としてはこうした中で臨時に雇われていた女の先生が重要な役割を果たした。彼女は盛岡出身で「さんさ踊り」で笛をやっていた。まず保存会で笛の様子をビデオで撮影した。それをみて習ってもらった。ずっと以前、伝承の手段として、譜面に...
みちのく震録伝 -東日本大震災アーカイブ-
宮城県地域文化遺産プロジェクト
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