宮城県における東日本大震災で被災した無形民俗文化財調査成果データベース
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S 気仙沼市鹿折地区
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V 石巻市河北町釜谷地区
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1960年代
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1970年代
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浪板地区の虎舞
浪板地区は行政により2つに区分されており、光が丘の老人ホームを境として南側が浪板1地区、北側が浪板2地区になる。1地区の世帯数は100戸ほどで、2地区のは50戸ほどであった。1地区には飯綱神社があり、2地区には須賀神社がある。基本的に、それぞれの地区の住人はそれぞれの地区の神社の氏子とで...
被災した際の状況
地震の時には夫婦と孫娘が3人、家にいた。まず戸が倒れてきて、仏壇が飛んできた。最初の時はよりも、その後の強い余震でどんどん壊れ方がひどくなっている。2階は物が落ちてきてひどい状況。根廻地区では東松島のディサービスに行っていて波に巻き込まれた1人が犠牲になっているが、そのほかは軽い怪我であ...
おばあさんたちの畑づくり
波伝谷仮設住宅では、おばあさんたちがやることがなく、家にこもっていてはいけないので、震災前は畑仕事をやってきたことから、ここの自治会長を務めている話者が中心となって、野菜作りをはじめることになった。これは、2011年度からはじまった被災地復興関連の「農と福祉の連携によるシニア能力活用モデ...
みなと祭りへの参加
塩竈のみなと祭りに呼ばれていくこともある。宮坂の入り口にあたるところで、神輿が戻ってくるときにお向かえの獅子を舞う。呼ばれたり呼ばれなかっただが、2年に1度くらいは呼ばれている。祭りのときには、竜王船が吉田浜までやってきて舞を奉納して、祝詞をささげる。この辺りは、皆、塩竃神社の末社だった...
宮内契約講
宮内契約は、葬儀の際、穴掘り、ちょうちんの準備などの手伝いなどをした。震災で宮内契約の仙台新港に住んでいた人は家ごと流されて、亡くなった。そのときは、葬儀のほとんどを葬儀屋に任せており、葬儀の受付をやる程度で、話者も担当した。宮内契約は現在でも続いている。契約3班からなり、それぞれの班を...
笠野地区の民俗文化財について
現在の八重垣神社の総代長はAさんという方が務めている。八重垣神社は1200年祭を4、5年前に行った。話者②自身も仕事で文化財に関わったことがある。 笠野地区には笠浜甚句保存会がある。石投げ甚句といって、舟を出してホッキをとっていた。本当は資料があるはずだが、私のところにあった資料はすべ...
写真4 ささよ行事④
部落のお祭
3月1日と11月の何日かに祭がある。それぞれの家庭で行う。エンナカの人たちが皆やってきて、魚料理や御馳走を作って楽しむ。これは村落単位ではなく、各家庭それぞれが行うものである。かつては旧暦で行っていたが、今は新暦で行う。
各家でのお札貼りとどんと祭
昔はお札を正月14日まで貼り、15日にお焚きあげをした。今は一年中貼る人が増えた。年末の28日ころ、神棚のお掃除をして準備ができたら張り替える。貼る日について地域の皆さんがいうには、一夜飾りはよくないし、29日は9がつくからダメとかいろいろな理由でそうなっているようだ。 去年はどんと祭...
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宮城県地域文化遺産プロジェクト
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