宮城県における東日本大震災で被災した無形民俗文化財調査成果データベース
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S 気仙沼市鹿折地区
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V 石巻市河北町釜谷地区
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年中行事
寺の年中行事としては、3月のお彼岸、5月5日の御回向、8月のお盆、8月24日の地蔵さんのお祭り、燈籠流し、9月のお彼岸、10月末か11月初の戦没者慰霊祭などがある。 御回向は4月29日の不磷寺から始まり、日ごとに寺を回って、5月5日の宝国寺で終わる。 燈籠流しは、一度途絶えたものを、...
写真1 観音寺本堂内
震災後の生活
荒浜の漁師の船は常時、仙台新港のそばに係留されていたが、震災時には23艘のうち2~3艘が沖へと逃げた。15トン、17~18トンの船は震災後の火災で燃えてしまっている。話者の船の「だいよし丸」は、菖蒲田浜から200メートル沖で奇跡的に発見された。青森の船大工に来てもらい、アオヒバを用いて補...
大原地区の概要
漁業を専業としている人が2人、その他に水産加工業、運転手、別の地域へ働きに行っている人がいた。専業農家は1、2人いて花を育てている。また、専業ではないが林業をやっている者もいる。昔はもっと漁師が多かったし、マグロも捕れた。今は水産加工業などが多い。牡鹿半島は浜ごとの文化が違うが、大原と小...
平成 24年えんずのわり・お籠り
平成24年のえんずのわりも例年通り1月11日から16日まで行われた。この6日間、子ども達は学校が終わると岩屋に集合し、自分たちで食事を作り籠る。 今回えんずのわりを行うのはA氏(小5・大将)、B氏(小4・副大将)、C氏(小3・三番大将)の3人で、学校が終わると夕方くらいに岩屋に集まり夕...
刀鍛冶
不磷寺の左隣に有名な鍛冶屋があった。もともと美濃から来て、仙台藩のお抱えになったらしい。銘は白龍子永繁と見龍子永繁といい、十数代続いたと思う。維新後、失業して野鍛冶になった。よく切れる評判で、近在近所から注文があった。塩竃神社にも刀を奉納している。 ウチのバアサンが産婆をしていた時、用...
Iさんの被災状況
Iさんは自宅の車庫で内職を終え、商品の納品に行こうとしたときに被災した。 Iさんには2人の孫が中浜小学校に通っていたが、Iさんの息子が中浜小学校まで迎えに行き、津波の被災を免れた。福島県沿岸最北部の新地町で働いていたIさんの息子が、孫を迎えに行った。車に乗せたら津波がきたという。黒い煙...
年末のヒハライ
毎年12月20日から25日くらいになると、下増田神社の宮司がヒハライ(火祓い)に各家を回っていた。ヒハライは、その年の12月ころに亡くなったひとがいる家では行わない。神主はお祓いをし、ヘイソクと塩を配った。現在は、宮司が家を回るのではなく、住民が社務所に集まって、そこで宮司に拝んでもらい...
地区と神社の祭りの関係
部落の総会の終了後すぐあとに、同じ場所で神社の総会をやる。神社に入らない人はいてもいなくても構わない。神社総会は、笠野は笠野で、新浜は新浜でそれぞれ行う。この辺では、区民=氏子と一般的に認識される。ただ、入らなくてもいい。お祭の費用などは通常は区で班長さんを通して集める。震災前は、花火代...
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宮城県地域文化遺産プロジェクト
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