宮城県における東日本大震災で被災した無形民俗文化財調査成果データベース
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N 石巻市牡鹿町新山浜地区
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A 山元町坂元中浜地区
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B 山元町高瀬笠野地区
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S 気仙沼市鹿折地区
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V 石巻市河北町釜谷地区
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1950年代
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1960年代
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1970年代
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話者性別
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氏子意識
現在の時点では、震災後避難ということで他の場所に移った人であっても、「ここの氏子」という意識がある。祭りの実行に関しては、いろいろ伝えていかないといけない仕事がある。それを組織的にやっていく必要がある。その一方で氏子ばかりだけ頼ってはいられないとも考えている。神社独自の力をつけることが必...
地区内の班や組織について(話者①)
笠野地区には班が15あり、小さいものは10世帯、大きいもので22世帯ほど。地理的まとまりで構成されており、「隣組」ともいう。年に2回ほど、班で親睦会をした。特に210日あたりの時期に「ムラヒマツ(村日待ちの訛ったもの?)」といって親睦会をした。班長は2年交代。世帯の多い班では一年交代のと...
神楽の由来書
CTさんの記憶によれば、その文書は巻き物のようになっており、紙の上の方に面の絵が描かれ、その下にその面をつかう踊り名および踊りの方法などが書かれていたという。神楽保存会では、流された面を復活させるため、様々な努力を重ねてきたが、現在流通するカタログには類似したものが見つからず、見つかった...
神輿渡行のやり方
当時、ご神体はC家にあったため、宵祭りに日にC家の神主がこれを天神社に入れて、その翌日神輿にご神体を移し、渡行を行う。その後は再び天神社に戻され、その後C家に戻されるというのが平成4年の奥の院設立までのやり方であった。C家と天神社の間をご神体が往復する時には、太鼓と笛が同行した。その時の...
はじめに
調査対象地区である北釜地区の住民は、大部分が名取市美田園の美田園第2仮設住宅に入居しているが、この仮設住宅には、杉ケ袋、飯塚、広浦など他地区からも被災者が入居している。このため、主に仮設住宅の集会所で実施した聞き取りの場にも、北釜住民とともに、他地区の住民が同席することが多かった。そして...
話者について
山元町役場において無形民俗文化財担当から話を聞く。2012年度となり、担当者が変わったため挨拶と今後の予定について打ち合わせを行うために訪問した。昨年度と同様に中浜地区の神楽を中心に調査をおこなうが、その実態を理解するため、隣接地区内のほかの文化団体との関係を含めて聞き取りをする予定であ...
唐桑漁船の被害状況全般について
開示していただいた統計によれば、宮城県漁協唐桑支所に登録されている約960艘の漁船のうち、流失を免れたのは300艘余りといわれている。流失した船のほとんどは沖出しの不可能な1t未満の漁船であったという。それらは年に1度の開口の日にアワビやウニ、雑海藻をとるためのいわゆる「イソブネ」である...
写真1 神明社の跡地
ムラの関係
発展性はないが、まとまって、穏やかな町、同族の数が多く、うまく根廻の全体に広がっているため、話が通じやすい。
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宮城県地域文化遺産プロジェクト
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