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震災当日は神社にいた。鹿折川を遡上した津波は神社の前の通りまで到達し、自分の身長から推計すると道路から180センチほどの高さにまで至った。在宅していた近所の人々はみな本殿までの階段を上って避難し、3日3晩社務所兼住居であるここに滞在していた。
実感としては震災前に1,800軒、約2,500世帯あった氏子が、600戸ほど、3分の1に減った感じ。300戸分は持参したが、記録によれば以下のように激減。平成22年に大麻は2,174戸だったが、平成23年には1,202戸に減少。幣束は、1,677から776へ。恵比寿・大黒は、1,316から676へ、年始は320から180へ。神遊は今年は80だった。
この神社に奉納されるのは、浪板虎舞のほか、ニシハチ(西八幡前)に最近(10年ほど前)できた八幡太鼓(リーダーはA氏。もとは唐桑の人で婿に来た)、中才うちばやし、などがあるが、「むっつけ八幡」とよばれ、へそ曲がりが多く、それほど何かに「ハマル」ことがないので盛り上がりに欠ける部分もある。
宮司が被災したため、正月の幣などの配布に支障をきたしている事例もよく耳にしている。階上(はしかみ)、長磯の近辺の秋葉神社宮司のB氏、大谷海岸の近くの本吉の滝上神社のC氏などがそうである。
宮城県地域文化遺産プロジェクト
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