宮城県における東日本大震災で被災した無形民俗文化財調査成果データベース
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地区
N 石巻市牡鹿町新山浜地区
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132
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A 山元町坂元中浜地区
(
117
)
B 山元町高瀬笠野地区
(
111
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S 気仙沼市鹿折地区
(
105
)
V 石巻市河北町釜谷地区
(
103
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話者生年
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1950年代
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1960年代
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1970年代
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1980年代
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話者性別
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はじめに
調査者の担当地域は気仙沼市鹿折地区であるが、正月行事に関する近隣地域との比較の観点から、この度唐桑町中井地区についても調査を行った。
震災時の様子
本吉響高校教諭。本試験は10日で終わっていたが、面接など他校にない科目の採点のため、休校で生徒はいなかった。本来は採点が終わってから家庭訪問に行くつもりだったが、早く終わったので帰る途中だった。本吉から室根経由で大浦を目指したが、大浦は火の海。鹿折トンネルで引き返し、夜10時ごろにはワン...
嫁いだ頃の話
昔の嫁は囲炉裏の木尻に座るものである。息子の嫁は、今日で4日目だが雄勝で養殖用の貝殻のなんだかの仕事へ出ている。昔の嫁は余計なことは何も話せないものだったが、今の時代は嫁を大事にしなければいけない。話者①が嫁に来た頃は、4歳違いと30歳違いのオバもいた。離婚して出戻り居ついた人達である。...
神棚
神棚(幅が3メートルほどある)はこの家を建て替える時、D氏が絶対にそのまま使うと言い張って、古い家から取り外し、立て替え後に入れ直したもの。男の人が8人がかりで作業した。赤色なのは、宮大工さんに塗ってもらったらしい。本家にはこれよりもっと大きな神棚があった、立て替えで部屋が狭くなって納め...
お神輿と一緒にまわる神楽について
神楽の太鼓のたたき方には、独特のリズムがある。四角の台に3つ小さな太鼓を載せ、大きい太鼓はその後ろからついて歩く。 震災時、自分たちはお寺に避難した。そのとき、息子が将棋を教えてもらったのが、同じ場所に避難していた隣の家の80代のおじいちゃん。この方は浦戸小学校で神楽の太鼓のたたき方な...
滝の山への避難経験
昭和33年の洪水のときなど、滝の山に避難した。それは9月の台風で、死者も出るようなものだった。消防団も助けにきたような記憶がある。戸花川の堤防決壊などは、昔はしょっちゅうあった。
概況
多賀城市八幡地区の国道45号線北側の一帯は、もともと田畑で、昭和17年の海軍工廠建設にともない移転させられた農家が移り住んだ土地である。移転させられた旧沖区(中谷地村、宮内村、原村)の家々は、それぞれ固まって住んでいる。一部の住人は市内の笠神や、隣接する仙台市、塩竃市にも移転している。平...
被災住宅での盆
話者の自宅は、津波をかぶったものの、全壊は免れたため、建物は取り壊さずにそのまま残してある。1階の壁面には津波の痕跡が生々しく残っている。 この住宅の家族は、現在、仮設住宅で暮らしているが、2階は、津波にのまれなかったため物置のようにして使っている。 また、この住宅の仏壇は、津波にの...
「カンナギ」の聖地
鼻節神社は、マンガやアニメにもなった「カンナギ」の舞台とされるようになった。「カンナギ」がラジオやテレビで放送されるようになってカンナギのファンが訪れるようになった。いわゆる「聖地巡礼」である。その後、仙台を中心にカンナギ町内会という組織が結成された。その代表は今は2代目に代わっている。...
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宮城県地域文化遺産プロジェクト
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