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U-1 女川町出島
2012
U-1 女川町出島
(PDF)
[調査日]
2012 年 6 月 22 日(金)
[報告者]
金賢貞
[調査者]
金賢貞
[補助調査者]
滝澤克彦
[話者]
(1)U151出島行政区副区長(1940年生れ - 男) (2)U152寺間区長(1949年生れ - 男) (3)U159寺間区長の義理の妹(生年不明 - 女)
写真2 出島の獅子振りの唄い
タグ
震災後
民俗芸能
関連URL
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U152寺間区長
2012
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2012
U-3 女川町出島
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関連カード
地区
女川町出島の獅子振りの伝承単位
女川町出島は「出島行政区」と「寺間行政区」の2つに分かれており、それぞれの行政区の単位で獅子振りは伝承されてきた。
震災前までの出島の獅子振りの伝承
出島の獅子振りは、正月の2日と3日の2日間、出島行政区と寺間行政区のそれぞれの獅子が、各行政区のすべての家をたずねて獅子を振り、無病息災と豊漁を祈願する正月行事である。 10年ぐらい前までは各行政区の「実業団」という団体が中心になってそれぞれ獅子振りをおこなった。しかし、獅子の振り手や...
震災による出島の獅子振りの被害現状
出島行政区の獅子頭や太鼓は、高台の神社に保管してあったので、津波による流失をまぬがれた。しかし、寺間行政区の獅子頭や太鼓は「神主」と呼ばれる宮守の家にあずけてあったので、その家屋と一緒に津波で流されてしまった。出島行政区の獅子振りの謡い上げを書きとめたものも幸いそのまま残っているが、寺間...
出島の神社とまつり
出島行政区の氏神は八雲神社、寺間行政区は厳島神社である。おまつりは、毎年第2日曜日(厳島神社)と第3日曜日(八雲神社)におこなう。おまつりは、両方とも、各日曜日を前後して3日間実施してきた。1日目は幟を立てるなどの準備作業、2日目は本まつり、3日目は片づけである。神社の神輿は、高台にある...
出島の生業と震災後の状況
出島はここ20年間養殖漁業が主流になっている。銀鮭、ホタテ、カキ、ワカメなどの養殖である。しかし、津波で養殖いかだが流され、再開できずにいたが、いまは銀鮭の養殖が再び始まっている。漁船漁業の家もまだある。出島も寺間も2、3隻ぐらいの漁船がいまなお残っている。
写真1 女川町出島仮設住宅
写真2 出島の獅子振りの唄い
写真3 八雲神社鳥居
写真4 昔の獅子振りの様子
出島の二大年中行事と「実業団」について
出島内の出島行政区と寺間行政区にはそれぞれ二大年中行事がある。正月の「獅子振り」と5月に催される神社の「祭典行事」である。
キーワード
話者について
昭和20年7月28日に、山元町中浜で生まれた。66歳。家は農家であったが、不動産をやりたかったので、仙台で2年間建設会社に勤め、デベロッパーの仕事を学んだ。その後独立して、不動産会社をやった。遠刈田に仕事場。自宅は山元町中浜だったので車で通勤した。遠刈田で不動産事業をしていたのは別荘地ブ...
被災後の中浜神楽の現状について
中浜神楽とは、中浜の浜の方のつまり坂元の南の地区で行われる神楽。この地域はすべての住宅が流出した。その結果、集会所に保管していた神楽の道具類も流出してしまった。現時点で、道具類は見つかっていない。 踊りの保存会のメンバーはばらばらになってしまった。残っている人はいない。地元から離れてい...
中浜神楽保存会について
保存会は30年前ぐらいに関わり始めた。その頃はいろいろな地区で神楽が復興し始めた時期だった。 おおよそ35~40年前に青年の集いや青年文化会で郷土芸能を舞うようになり、他の地区から代表が集まり青年大会が催されていた。その時期に神楽が復興されるようになり、各地区の芸能が復活し始めた。中浜...
親友会について
自分が若い頃、祭の神輿を担ぐ人が祭に携わらなくなり、祭も神楽も行われていない時期が5~6年間あった。地区に青年はいたが、労働形態が農作業から「務め仕事」に変わるなどの社会情勢の変化から、祭だけでなく様々な行事も行われなくなった。 そのときに、「親友会」がたちあがった。青年会は、中学を卒...
神楽の演目
中浜神楽は12の演目があったが、このうちの11の演目を引き継いでやっていた。 (1) 剣舞:矛の剣のおどり(2人) (2) 八幡舞:弓をもっておどる(2人) (3) 幣束舞【ヘイソクマイ】:幣束をもって踊る(2人) (4) 鯛釣り舞(別名:恵比寿舞):つり竿をもって鯛を釣り上げる仕草をす...
祭典の時の神楽
神輿のある天神社は高台の山にあった。まずはカミサマを降ろして、神輿を降ろす。その時に奉納神楽をやった。このときには特に秘密ではなく誰でも見ることは可能だった。その後神輿を担いで中浜地区の集落を回った。生活センターや集会所の前にさしかかると、神輿を地面に下ろして神楽を舞う。中浜地区の住民、...
震災直前までの神楽の活動
保存会は小学校でも神楽を教えている。学校のクラブという形は取っていない。小学校で神楽を経験した人で保存会に携わっている人もいる。小学生男子の3~6年生を集めて、毎週数人に分けて特定の演目を教える。小学校での神楽の経験者は、中学生になると受験、高校になる受験と就職でなかなか神楽には関わらな...
カグラヤド【神楽宿】
神楽の前の準備として、神楽の舞台を設置することはせず、ブルーシートを用意する程度であった。話者の前の世代ではワラを結んで作ったむしろを敷いていた。前の世代は神楽を舞う場所も現在と異なり、神楽の参加者宅の庭先を「カグラヤド」と呼び、そこに神輿を置いてから舞っていた。カグラヤドは毎年交代の回...
東日本大震災における中浜地区の被害状況
山元町の面積、全体の三分の一が津波で浸水し、話者宅も流出した。中浜地区は集落全体が流出してしまい、山元町の南側は壊滅状態、死者数の割合が高い。中浜小学校は流出せずに残っている数少ない建造物の一つである。2011年11月11日に災害用の建築基準法が改正され、津波浸水地域は、海に近い順に1種...
東日本大震災における文化財の被害状況と今後の課題
12月5日に文化財保護委員が開かれ、東日本大震災に伴う有形文化財の指定について審議された。笠野地区の八重垣神社は有形指定文化財であったが、津波により流出したため、有形指定文化財ではなくなった。八重垣神社は、山元町一帯では主要な神社であり、神社に参拝して、初日の出を見て年を越す人も多かった...
みちのく震録伝 -東日本大震災アーカイブ-
宮城県地域文化遺産プロジェクト
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